妊娠虫40歳。

妊娠虫(バグ)を発生させてからの記録。

流産を知ってから5日目。

今週は流産だったり仕事で忙しかったり、会食したりと目まぐるしい感情の変化で、やっと日曜日が終わったと思った。

 

本当に心底疲れたのだと思う。

 

まだ鬱々としてしまったり、考え込んだり、流産した人のブログをみたり、不育症なんじゃないかと調べたり、お風呂につかってると気が緩むのか、泣けてくる。

 

今日は久しぶりに旦那と夜ご飯を食べに行った。

それまでご飯は作れないといってすぐ寝てたから久しぶりに話す気がする。

 

素直な気持ちを伝えたり、これからどうするかとかいろいろ話した。

 

今年は自然にまかせてもう一度妊娠することを願う事にした。

今年が無理だったは来年は体外を受けようとなった。

また不育症の検査も三回目の流産だったら受けようと話した。

 

結果二人共子供がほしいには変わらなかった。

 

今日わずかに出血した。

満月だし、そろそろ自然流産がはじまるのかもしれない。

できたら自然に出してあげたい。

 

私の夜のお供は、安定剤のデパス

ゆっくり寝ることができる。

辛いことから逃げるにはうってつけの薬。

 

もしどうしても辛い人は精神内科でも処方してもらえるかもしれない。

 

私はいつも処方してもらってるのでここぞとばかりに薬を使う。

 

辛いときに泣き続けるのも、いいけれど、もし泣くのに飽きたら、薬をつかってもいいと思う。

 

何かどうしようもなく、辛いことがあった時、それは本当に「仕方のない事」でどうする事もできない。


ホルモンバランスも乱れているだろうし、亡くなった胎児は子宮の中だし、こんな自分では、コントロールできない身体と、心は、本当に仕方ないことなのだ。


ぐっすり、眠ることも必要だから。

薬に、頼ることは悪いことじゃない。


辛すぎる時、それが自分の、努力じゃどうしようもない時。

私はデパスを飲み、少しぼーっと自分の感覚に鈍くなった状態で、冷静に夫に話した。


私はまだ辛いこと、泣けてくること。薬を飲んで今話していること。


そういう素直な、言葉で、旦那に伝えると、もちろん旦那は、泣きたい時は泣けばいいとか、自分はやっぱりこれからも子供が欲しいとか、今年はもう一度がんばろうとか、素直な気持ちを聴けて、それは、とても、気持ち的に、楽になる会話なのだ。


感情的に、どうして私の悲しみをわかってくれないの?とか。

何かしら、イライラをぶつけたくなるだろうけれど。


私は面倒くさいもの、ご飯を作るとか、家事サボります宣言をし、気が向いたら作るかもしれない、外食も誘われても今日は疲れているから外に出たくないとか、


辛いときこそ、自分で、自分の身体や心と会話し、静かに一人で悲しむ時間が必要だったりすることもある。


流産後の夫婦関係って、大切だと思う。


自暴自棄になることもできる、子供が亡くなったとしたった時、私も死んじゃいたいと思うし、もう離婚して一人になりたいと思うし、仕事もやめてしまいたいとか、いろいろ、いろんなことを全部、無くしてしまいたいと思ったのも事実なのだ。


それくらい流産の時の心のダメージというかホルモンバランスの乱れというか、母性というか、

わからないものが左右していて、それは旦那にはわからないこと、女性だって流産してないとかわらないことなのだ。



でももしいつか子供が産まれた時、初めて、流産の時の悲しみを本当の意味で労ってあげられる気がする。


痛みってすごい。

心の痛みって、あんなに辛かったのに、忘れる。だけど

心の奥深くに、その傷は決して消えず、残っている。


その傷は、人への優しさの光が射し込む傷だ。


その傷の隙間から、人への弱さ、悲しさへの共感や、優しさが生まれてくるのだと思う。


誰だって何も悲しいできごとなんて味わいたくない。

だけれどもし、この世に悲しみも苦しみもない世の中だったら、さぞ薄っぺらい感情の薄い世界になっていただろう。


私たちはそういう感情豊かな世界に生きているんだ。