出血始まり〜流産〜
手術はしないで自然に流れることを選びまっていたら、とうとう、生理のように出血してきた。
生理痛はいつもないくらい、もしくは遅れるとお腹が痛くなるのが常だったけれど、やはり流産の時の痛いのは前と一緒だ。
だけれど今回は最強ロキソニン!を手元に持ってるおかげで、仕事中もロキソニン、寝る時もロキソニンで痛みはかすかにするだけになっている。
はたして前のように塊がコロンと出てきてくれるか、心配だけど、自然に任せたい。
昨日は写真撮影にいった。
本当はぜんぜん気力もなく、本当に何もしたくない、やる気が出ないというのはこのこと。
何をしても、それに何の意味があるのか?虚しさと空虚さは引きずりつつ、でも前決めていたこと、もし、流産してしまったら、歩くべき道を用意していたので、そちらへ少し歩き始めた。
この道でさえ、7月になれば閉じてしまう道かもしれないので、また私はあるきながら、またもう一つの道を考えなくてはいけない。
もし、この道の先が封鎖されていたからこそ、行ける道を用意しておくのだ。
そうやって、気力がなくても、空虚に思えても、あるき続ければ、いろいろな、景色は見えるかもしれないし、すれ違う人がいるかもしれない。
時間は有限だ。
生きてる時にしかできないことをしよう。
今しか出来ないことをしよう。
行動したいと思ったときに、しなかったら、その道は時間とともに封鎖されてしまうかもしれない。
あの時やっておけば、って思わない人生にしたい。
誰もあなたの行動を笑ったり、蔑んだり、馬鹿にすることなんてできないのだ。
周りの人と比較する必要もない。
自分の人生を受け入れて、その中で、自分がいいと思ったこと、やりたいと思ったことを、ただ、今、夢中になってやればいい。
遠い先のことをいつまでたっても考えて立って仕方ない。
今夢中になったり、興味があるものが、すこしでもあれば、それにチャレンジしてみる。
ただそれだけでいい。
いつか出会える子供に、教えてあげたい。
ちゃんと今に夢中になってチャレンジすることの大切さを。