妊娠虫40歳。

妊娠虫(バグ)を発生させてからの記録。

結婚してる気がしない。

いつの間にか今年で43歳になる。

今の旦那と知り合ったのが37くらいだった気がする。

 

あの頃は中目黒の職場で働いていた。

いつもスーツっぽい姿でヒールを履いていた。

1年ばかり働いてやめたのだけど、その会社に入社して少ししてから婚活パーティーで彼に出会ったのだ。

 

職場から彼の住んでる場所が近かったせいでよく、仕事帰りに彼が待っていたことがある。

毎週のように会っていた。

それから何年だろう。

2年くらいは仕事はせず、いつも彼と一緒にいた気がする。あのタワーマンションで。

 

犬もいるけれど。

 

でも私は記憶力が低いために、何をしていたか忘れてしまう。

 

あの時何を想って過ごしていたのだろうか。

 

犬を、飼うと同時に彼と同棲をし始めた。

それから約2年後籍を入れた。

 

籍を入れてからも特に生活や環境が変わることはなかった。

 

海外旅行にいったり、自分の歯の手術をしたり、いろいろチャレンジしたと思うのだけど、その時の自分がわからない。

 

多分きっと、今とそれほど変わらないのだと思う。

 

いつもいつも、去年もその前も5年前も、それほど私は考え方も何もかも変わらないと思う。

 

でも変わらない自分というのが成長してない気がしていやで、いつも何か成果を欲しがっている自分がいる。

 

今年は、オーストラリアに年明け行ったし、その後引っ越しをした。

 

オーストラリアに行く時、まだ私は旦那と別居していた自分の部屋から旅行にいった気がする。

たしか、去年の10月中頃に一人住まいを初めて、3か月別々に暮らしていたのだ。

 

なぜならば、去年大々的に旦那の不倫が発覚したからだ。

 

去年の11月にクルーズの旅にでて、2回目の結婚式をした。

それはとても楽しい思い出になった。

 

あー忘れてた、今年は春に子供が出来て、流産したのだ。

 

毎年いろいろな、ことが怒っている。

悲しい、苦しい、痛い、不安、喜び、楽しさ、嬉しさ、いろいろな感情を味わってきたはずだ。

 

それなのに、すぐに忘れてしまう。

健忘症じゃないかと思うくらい。

 

そしてもう何年も一緒にいる旦那なのに、私は未だ結婚してる実感がないのだ。

 

もし何かがあって、すぐに明日、この家をバック一つで出ていったとしても、私はきっと旦那のことも忘れ、結婚していたことも忘れてしまうのだろう。

 

そして新しい出会いや、新しい寂しさ悲しさ、発見や、新しい集中執着に出会うかもしれない。

 

でもなぜ結婚したかって、少し人生に疲れていたのかもしれない。

 

30代後半になって、それまでいろいろな、ことをしてきた。

いろいろな人に出会い、いろいろなものをみて、毎日動き回ってきて、立ち止まりたくなったし、ちょっと疲れたのだ。

 

落ち着きたいとも思ったし、昔より欲求や興味や執着が薄くなってきたのも原因だと思う。

 

別に仕事をやめて楽な暮しがしたいとか、お金を相手に期待してとかで結婚したいと思ったわけじゃない。

 

結婚というものに、憧れも何もなかったけれど、何か自分の人生を変えたい、新しい行動を起こしたい、でもそれは新しい仕事に転職したいでもなく、新しい遊びを見つけたいわけでもなかった。

 

ただ新しい人との関係性、結婚という関係を作ってみたかったのかもしれない。

 

そこには、信頼とか尊敬とか、永遠の愛とか、私にはない。

 

結婚の時に誓う言葉なんてとくに聞いてなかったし。

 

2度目の結婚式の誓いの言葉なんて、そのちょっと前に旦那の不倫が発覚したばかりだったから、永遠の愛なんて、鼻で笑いそうになったくらいだ。

 

旦那のお陰で、永遠なんてないことを身を持って体験したし、誓いなんて薄っぺらいものだとわかってよかったし、結婚に幻想をもたなくてよかったと思ったくらいだ。

 

愛は残念ながら、わからないけれど、恋だけは未だに好きだ。

 

恋だけは、片思いの恋とか、今だに味わえる。

 

私は自分がいつか旦那みたいに不倫するんじゃないかと思ったりもするけれど、しない。

 

身体の関係なんて幻滅するだけだ。

現実味がなく生活感がないから、片思いの恋は美しい。

 

それはどんな時でも私を若返らせ、ウキウキさせる。

 

私は結婚なんて、どうでもよくて、旦那なんてどうでもよくて、ただ、自分が自由に楽しみたいだけなのだ。

 

私は一度もきっと旦那の目をきちんと見たことがないのかもしれない。

 

それは不倫が発覚する前からのことで、そういう結婚は、少し自分を寂しくさせつつ、家族という甘えの楽さでもある。

 

愛なんてない。

恋はあるけれど。

 

人と、心から、男女が、向かい合って、見つめ合って、わかり合うって、

実際のところ、そこまでないんじゃないかと思う。

 

でもそれでも、結婚は存在し、家庭を築き、死ぬまで一緒にいたりする。

 

心が荒んでいるとき、私は旦那なんて想わない。

心が疲れているとき、私は恋を思い出す。

 

でも確実にいえるのは、結婚は悪くはない。

ただ付き合っているのとは、やっぱり、別物だ。