贅沢を感じる大切さ。
マツモトキヨシに入ったら入口におせちの予約の紙が置いてあった。
8月も過ぎればあっという間に今年も終わりなのか。
残りあと4ヶ月。
この4ヶ月まだたくさん成功体験を積んで終わりたい。
去年の8月私は旦那の愛人問題で夜中に自由が丘の住宅街を歩いていた。
去年の8月は暑さを感じなかった。
それどころではなかったんだと、今思えばすごいひどい時間だったなと思う。
今年の8月は良好。
去年は離婚問題で大変だったけど今では子作りをしている。
たった1年なのにこの変わりように毎回自分でもビックリする。
本当に一年先は分からない。
11月はニューヨークに行こうと思ってる。
約一週間、休みを取って旦那は英語ができず私がアテンドするのだけど。
と言っても私も英語ができない。
毎回海外旅行は私にとって冒険だ。
何かしらのハプニングがあるけれどそれなりに今まで乗り越えてきた。
最近は株の投資に夢中で毎朝スリリングなのだけど旅行も同じく私にとってはスリリング。
いつも癒しを求めるよりも冒険を求めてしまう自分の性格が憎い。
そしてネットの検索が得意な私は格安の旅行を見つけて旦那をアテンドするのだ。
でも節約は嫌いじゃない。
ようはどこにお金を分配するかが私にとって重要。
贅沢は節約の中にあるからこそ光るのだ。
贅沢の中に贅沢があっては贅沢ではなくなってしまう。
どこで贅沢を感じたいかそれが私にとって重要だ。
光と影のコントラストが強ければ強いほどそれは記憶に残る。
人生も同じだろう。