愛犬がいなくなった話。
MRIで先天性の病気をもってると言われました。
でも今手術の必要はないと。
5日すぎれば良くなると。
そしてだんだんよくなり退院しました。
お家では徘徊するかのように歩き回りました。
私達は油断をしてました。
トイレもきちんと出来る、ご飯も食べられる、歩くこともできる。よく寝てる。
だから安心してたのです。
かかりつけ医からも薬の投与だけでお家に帰って良いことになりました。
お家に帰って2日目の夜のことです。
ご飯を食べたラヴに少し散歩をさせてあげようとケージからいつものように出しました。
いつもどおりゆっくり歩きました。
私はふと思ってしまったのです。
ラヴの顔が汚れてるから拭いてあげようと。
そして近づくと逃げました。
なぜ逃げるのか、目があまり見えていないから怖いのか?
でも前日は特に問題なく抱きかかえて顔を拭いてあげれました。
ゆっくり近づいて抱っこしようとしました。
するとラヴは2歩後ずさりしたのです。
その時です。
後ろ足がクロスされて引っかかり、バタッと横に倒れたのです。
コツとフローリングの床の音がしました。
びっくりして抱きかかえるともう、脱力しています。
なにも反応がないのです。
心臓を確認すると、まだ動いていました。
でもびくとも動かないのです。
もうだめだと思いました。
ああ、魂が抜けてしまったと。
彼が急いで緊急病院に電話をし、私はラヴを抱え、玄関にパジャマのままおり、玄関の前で待ちました。
「早く!早くきて!」
彼がすぐに車を出してくれないことが怖かったわ。
もう何も何も動かないラヴを抱きかかえて、もう無理、でも助けてーと声に出ない叫びを上げました。
彼が車を出し約10分弱の病院について階段を駆け上がり、ラヴを獣医さんに渡しました。
あああ。
車の中でラブの心臓の動きは止まってしまっていた。
蘇生を開始するために、5人くらいの人達が手分けをして細いラヴの腕の血管を取ろうとしていたり、心臓マッサージを始めました。
時間を測る人。
腕の毛をそってさらに血管を探す人。
あああ。
本当はもう無理だと思っていました。
自分のせいだ。
自分のせいでラヴが死んだ。
もう蘇生を繰り返しても、心臓マッサージをしても無理だということはなんとなくわかっていました。
泣いても泣いても叫んでも、助けてといっても、もうラヴは戻ってこないのです。
コツと床の音がしました。
あのとき魂が抜けたのです。
ラヴは首に先天性の病気を持っていました。
でもラヴにはそれがわかりません。
ゆっくり歩いていて転んで頭を打って即死するなんて考えもしなかったのです。
いままでラヴは滑ったり間違えて頭を自分でぶつけたり、いろいろな事件もあったけれど、ピンピンしてたのです。
まさかゆっくり歩いていて後ろに後ずさりをしてそのまま横にコテンと転んで、そのままもう息をしないなんて思わなかったのです。
もう無理だということはわかっていました。
30分の蘇生の後、これ以上使える薬がないこと、さっきまで少しだけ動いていた心臓も弱まってしまったこと。
諦めるしかなかったのです。
管は取り除かれ、完全にラヴの死が決定しました。
きれいにします、とラヴを箱の中にきれいな顔にしてもらいお家に連れて帰りました。
ラヴが交通事故にあってから10日目のことです。
事故から2日目もラヴがこのまましんでしまうと思っていました。
彼と大泣きし、少しケンカをしました。
なぜ、彼は散歩にでる玄関の前でリードを離してしまったのか。
なぜラヴは長い道を猛スピードで道路まで走ってしまったのか、。
わからない現実に苦悩していました。
でも状態が悪くなってきた3日目に早めにMRI検査をしようということになり全身麻酔で検査をしたのです。
そこで初めて脊髄空洞症とセキリ奇形を患ってることを知ったのです。
ラヴの首には白く大きな空洞がありました。
でも先生はこれは元気になったら手術をうけるようにしたほうが良いと言ってました。
緊急なものではないと。
車と衝突したラヴの頭はヒビが大きく入っていました。
しかし、内出血もなく、陥没してるとのこと。
でもその頭の衝撃によって先天性の疾患が悪化したのだと言いました。
脳圧を下げる薬やステロイドなどの薬で治療し、やっと自分でご飯が食べられ、ゆっくり歩けるようになったのです。
お家に帰ってきました。
だけれどちょっとしたささいなことで、転び、頭をうち、亡くなったのです。
先生にその結果を伝えた時、たぶん頭を打った瞬間に、小脳が飛び出て致命傷になったのかもしれないとのことです。
あのとき近づかなければ、もしケージの外に出さなければ、もし床のフローリングにタオルでも敷いておけば、、、もし、10日前に散歩に連れて行ってと彼に言わなければ、、。
過去に戻ることができるなら、防げたかもしれないいくつものことが脳裏にはっきりと思い浮かぶのです。
あのとき、散歩に出かけなければ。
あのとき、彼もイライラせずラヴが階段を降りるのを待っていれば、もしあのとき、ラヴが階段の方を滑っていれば、、。
たぶんあのとき、階段の反対側に頭を打ち付けて落ちたのでしょう。
その時もしかしたら、もっていた疾患が発動したのかもしれません。
もしかしたら、パニックを起こして猛スピードで道を走ってしまったのかもしれません。
たくさんのもしが、後悔という念を抱かずにはおれないのです。
だけれど、もうラヴはこの世にいません。
何を責めても、後悔しても、失われた命は戻らないのです。
あまりのショックにこの10日間が辛かった。
ちっちゃなラブが、コツンと頭を打つ音がした時、そして抱きかかえて、体からまったく力が抜けたのを感じた時、もう、絶望を超えて、恐怖を超えて、喪失感と空白しかなかったのです。
写真を見るたびに泣けできます。
でも私はまたラヴに会いたい。
その魂がまた別のワンちゃんに降りた子を探し出して、今度こそ寿命を全うさせたい。
ラヴは5歳で亡くなりました。
小さいころから病気一つしなかった犬です。
体は小さかったけれど、元気だったのです。
たしかにこの子はそんなに長生きできる感じはしないけれど、それでも10歳くらいまで生きるだろうと思ったのです。
できれば13歳くらいまで一緒に暮らしたいと。
それが5歳だったのです。
それも車に衝突したのです。
そして床で転けて頭を打ってその場でなくなったのです。
こんなことあるのでしょうか?
こんなことが起こるなんて、まったく少しも思わなかったのです。
なぜでしょう?
何も悪いことをしようなんて思っていない。
溺愛していたわけではないけれど、かわいい子だと二人で育てていたのです。
私は亡くなった次の日にはお葬式をし、骨に返しました。
亡くなった姿があまりにも可愛くて、まるで生きているようでずっといたいと思ってしまって辛かっのです。
また暑くなって、ラヴの身体が痛むのか嫌だったのです。
そしてその姿はあまりにも悲しかったのです。
きちんとしたお葬式を行いました。約4時間のセレモニーが終わりました。
その素晴らしさと見送ることができたことに、そしてラヴがもう苦しむことがない、解放されたことに安心したのです。
まだラヴのことを考えたり、見たりすると涙が出てきます。
抱っこできない、撫でることも出来ない、寂しい。
だけど、一人でいる時間、たまに自由を感じます。
もしラヴがいたら、ただ寝ているだけでもう息をしていないのではないかと心配で怖いのです。
ちょっとした時間でさえも怖いのです。
この10日間、お風呂に入るのでさえ、気になって仕方がなかった。
ラヴが骨になり、もう心配する必要が亡くなりました。
もうこれから先ラヴの身体がどうなってしまうのか?このまま自分たちのことがわからず、変わってしまったラヴのままなのか?もう前のように走り回ることはできないのか??
いろいろなことが心配で悲しくて不安でした。
ラヴも毎日たくさんの薬を飲んだり、痴呆的に歩き回ることをせずにすみました。
ラヴがまだ生きたかったのかわかりません。
私はラヴが入院してから辛そうな姿を見たとき、思いました。
もしラヴが今の状態が辛くて、あの世に行って楽になりたかったら、自由になりたかったら受け止めると。
でもできるならば、家に帰ってきてほしいと。
犬は喋れません。
私が思っているより遥かに、辛かったのかもしれません。
私にはわからない、けれどラヴは最後はあっけなく行ってしまいました。
彼は大好きな私の腕の中で死ぬことができてよかったんじゃないかといいます。
でも私はそんな風に考えられなかった。
ただ腕の中でもう魂が抜けていくラヴの身体を抱える空虚感でたまらなかったのです。
抱いているのに、軽く、その存在感、生命力を感じないのです。
でも、私はラヴを愛しています。
溺愛するように飼ってはいなかったけれど、ラヴの存在に助けられ、愛しく、失いたくありませんでした。
いつまでもそばにいてほしかった。
いつまでも待っていてほしかった。
もっと一緒に遊びたかった。
でももういないのです。
49日までまだまだあります。
私はその間頑張ります。
またラヴに会える日まで。