愛犬が亡くなって気づいたこと。
お別れから2日目、仕事に向かっています。
いろいろな人に助けられました。
そしてラヴに感謝することが大切なことに気付かされました。
会いたい、抱っこしたい、姿がいなくなったことに対する悲しみばかり、失ったことに対する悲しみばかりではだめなんだと思いました。
その死が意味すること、そしてそれにより気づくこと。
ラヴが赤ちゃんのときからこれまでの5年ちょっとで様々なことがありました。
夫婦仲で辛いことも長くありました。
ようやく、落ち着いて来た頃に、ラヴは亡くなりました。
これから心の余裕もできて、ラヴともっと関わりが持てると思った時期です。
その時に失いました。
でもその失ったことへの悲しみより、今まで一緒にいてくれた感謝の気持ちが大切だと気付かされました。
そして、そのラヴが一緒にいてくれたすべての時間に感謝すればするほど、今までの辛かったこと、裏切り、向き合えなかったこと、自分の弱さ、全て全て
、ラヴへの感謝によって、許されるような気持ちになりました。
今隣にいる旦那に感謝。今までいてくれたラヴに感謝。それから辛さを聴いてくれた友達、的確なアドバイスをくれる両親、ラヴを最後までケアしてくれた救急病院の人達、かかりつけ医の先生。
本当にいろいろな人がラヴを知ってくれていて、私達だけで寂しくなかったのかつまらなくなかったのか、良いラヴにとっての人生だったのか。
そんな風に思っていた私に、実を言うとラヴはいろんな人に可愛がられ、いろいろな体験をしたんだと知りました。
私にとって5年は長くそして短い時間でした。
ラヴにとってその時間はどれくらいのものだったのか。
私にはラヴの言葉も感じていることもわからないけれど、きっとラヴは自分の人生を知っていただろうし、至らない私の元にやってきてくれたのだろうと思います。
あんなに頭のいい子で我慢強い子です。
手のかからない子でいつも癒やしだけを提供してくれ、夫婦仲をつないでくれました。
夫婦仲が悪くなり、私も何度と出ていこうとしたとき、自分で精一杯の私は何度とラヴにお別れをいいました。
溺愛するというほどの愛情は私にはありませんでした。
でもこの5年間、きっとラヴの存在にとても救われていたのだと思います。
ラヴの全ての共にした時間、ラヴの存在、そして今も私の記憶の中にいてくれること、すべてに感謝したいと思います。