妊娠虫40歳。

妊娠虫(バグ)を発生させてからの記録。

子供はあきらめようと思う。

子供を授かるには私達夫婦は幼稚すぎるし、年もとってる、そんな親のところに産まれてきた子供はかわいそうだ。
子供を諦めるかわりに自由に生きようと思う。
いつか人は死ぬ。
確かに平均寿命を生きるかもしれないし、自分が思っていないほど病気で早く死ぬかもしれない。
どっちにしろ、私はいずれ死ぬんだ。
その時、自分が母親にはならなかったこと、出産しなかったことを後悔するかもしれない。それは経験しなかった未知へのあこがれだ。
経験してしまえば、そうだなーと思うくらいだろう。
不妊で子供を授かれない人も居るだろう。
私は41歳、彼は54歳、それでもこの間妊娠した。流産する確率が高い卵子精子も衰えつつある私達にも一瞬でも子供が作れたのだ。
占い師さんがいうように、今後妊娠する確率は高いだろう。
だけど、その前の問題なのだ。夫婦としてのあり方、生活、子供の前に私達は残念な大人ナノだ。
それを自覚するのも大切なこと。
周りがそうだから、人間として生物として、子孫を残すのは本能であり、そうするべきだということかもしれないが、個人の問題として、同じくそうしなくちゃいけないというのはどうなのかと思う。
子供はかわいい、どんなに幸せがあるだろうと思う。
だけど、妊娠できる期限がせまってるからといって、作らなくちゃって思うのもどうかと思う。 
子供がいないこと、作らないことを、作ろうと努力をしなかったことを悩む必要もないし、後ろめたく感じなくたっていいと思う。
たまたま彼と結婚して、たまたま彼が子供をほしがったから、子供を作ろうと思ったけれど、私は残念ながら子供を作ろうと欲したことはない人生だったから、彼と出会ってその気になったけれど。
私の生きるエネルギーは、自由だ。 
今日ひらめいて今日どっかにいったり、生き方を変えたり、価値感を変えたり、したくなってしまう。それが清々しい。
自分の人生を情熱を、仕事や好きな事に費やしたいのだ、私の生き方ってそれしか最終的にできないのだ。
だから、環境も整いそうにないし、自分の情熱を燃やし続けたい、そう生きたい。その時子供に向き合えるか?
たぶん、どこかで自分の情熱を燃やしたいと思ってしまうだろう。
器用にあれもこれも出来ない。その協力も私達夫婦では難しいのだ。 
人生諦めも肝心。その代わり、諦めた分だけ、情熱を燃やそう!
この今の気持ちは変わるかもしれない、だけど、今の私の素直な気持ちだ。
子供という、妊娠と言う、者から私はとき離れたいし、逃げたい。そういう気分なんだ。今の私は。