妊娠虫40歳。

妊娠虫(バグ)を発生させてからの記録。

母親が羨ましく、そして尊敬している件。

私の母親は、専業主婦で、年齢は71歳。

地元は千葉の大きめの農家だ。

母は子供が産まれてから専業主婦になった。

いや、私は専業主婦の地位にいる母が羨ましいわけではない。

 

私は母のことを考えると、とても幸せな、気持ちになる。

そしてなぜか涙がでそうになる。

 

別に病気をしているわけでもなく、風邪をひかないくらいの健康体だ。まだまだ元気で、のんびり父親と一緒に暮らしていれる。

 

私は小学校の5年生くらいの時、なんていい親の元に生まれてきたんだと思ったものだ。

悪いことなんて出来ないと。

 

もし私がまだ産まれる前に、両親を選べていたら、いい親を選んだと思うし、もしまた生まれ変わっても、両親の元に産まれたいと思う。

 

え?そんなに素晴らしい親なのか?と聞かれれば、一般的には普通だと思う。私にとってはだれよりも素晴らしい親だけど。

 

両親は二人とも明るく、あっけらかんとし、自分たちのテリトリーの中で、自分たちがしたいように過ごしている。

父親は真面目で、老後の健康を細かく管理し、1日1万歩以上歩く人だ。自分独自の健康法を編み出し、日々日課としてこなす。

母親は趣味と専業主婦の仕事をこなし、とくに何も問題なく暮らしている。

 

なぜ父ではなく、母なのかは、みなさんがお察しのとおり、存在感の違いなのだ。

 

あの母の自由な感じ、ゆとりがある感じ、小さな喜びに満足し、ちょっとしたことはスルーする、悩まない精神。

面倒くさいことなどは、手を付けない。

自分の程よい気持ちよさをちゃんと備えて、不平不満をいうことなく、生きている母。

 

私は逆だ。

いつも何か刺激がないと生きて行けず、問題に巻き込まれ、面倒くさいことも興味があると手を付けてしまう。

よく、問題が起きると、母に電話し未だに大きく泣く。

夫婦の離婚問題が起きた時はなぜか父がかなりの確率で私を迎えに来てくれた(が、実際は話が丸く収まり、父は一人で帰ること何回か、、。)

 

どうしても、強がって生きてしまう時、両親はとてつもなくサポートをしてくれる。

いつでも話を長々と聞いてくれる。

そして私が冷静になれるように、的確なサポートをしてくれる。

 

自由に自分が思う通り、生きさせてくれた両親には本当に感謝しかない。

 

不思議と私は両親と会うのは年に2回くらいなのだ。昔から。

これは不思議なことだけど、物理的に会いたいとかよりも、存在感的に私をいつもサポートしてくれて、また私からの連絡の半分は大変なことが起こっている場合があるので、連絡ない時は順調に行っている時ともいえる。

 

私は両親に言わないこともある。

それは自分が入院したり病気をしたりする時だ。

そういうものは、自然治癒能力に任せたり、医者に任せるしかないし、余計な心配は無用なのだ。

 

今日は子宮頸がんの円錐切除後の治療と検査を聞きに行く日。

 

何かあってもどうしようもなく、それを両親にいうことはないだろう。

 

両親が亡くなるより早く死ぬことはしないと決めている。

それはとても親不孝なことだから。

 

弟もかなりのいいやつである。

弟の子供二人を毎週両親にあわせることができる彼はたいしたものだ。

そして本当にいいやつなのである。

 

もうこの家族に生まれてきた時点で、私は相当おめでたく、人生楽勝に生きられるはずなのだ。

 

なぜか、いつも思い悩み、小さなことで、夫とプチ喧嘩を度々し、私は疲れているのか仕事終わりに不機嫌になっていたり、私という人間は、人生楽勝に生きられる幸運の運命に生まれ落ちたわりには、まだまだ活かせてないと思う。

 

時々、母親のことを思い出したりすると、幸せな気持ちになって、サポートされる。

 

もう少し、もう少し、私は自分の運命に感謝し、幸せをもっと味わうべきである。