先代の犬と新しい犬。
今年の6月に5歳でなくなった先代の犬。
夫がイライラをぶつけ、交通事故が元で、先天性の病気を発見するとともに悪化して亡くなった。
それはとてもショッキングなことで、私も夫も悲しみにくれた。
これほど泣いたこと、失って悲しんだことは人生でなかったと思う。
それは人の裏切りにあって悲しみ怒り泣いたことはあったことは数多くあるかもしれない。
もしくは親族が亡くなって、お葬式も何回か参加したが、失う悲しみがこんなにも辛かったことはなかった。
犬は、飼ってから死ぬまでを飼い主の元でのみ、人生を終える。
どこかに一人で行けることもないし、勝手にゴハンを選ぶこともできない。
飼われてから、野性の犬に戻ることもない。
ずっと一生飼い主と共に生きるのだ。
人間は違う。
子供も成長すれば一人で旅立つ。
夫婦だって何かあれば別れることだってある。
だけれど犬は基本的に飼い始めたら、死ぬまで一緒にいる運命なのだ。
それはとても強い絆であり、家族である。
そして飼い主の責任として、犬を幸せにする権利がある。
先代の犬は私達夫婦に飼われて短い生涯を終えた。
とても大人しく、いつもじっと待ってるような犬で、自己主張もせず、その可愛らしい姿で癒やしだけを提供してくれていた。
体がとても小さく、儚げだった。
ある意味空気のような存在で、いることさえ忘れる時があった。
あまりにも静かにじっとしてるので。
でも今考えてみたら、もっといろいろなことをしてあげれたと思う。
もっと遊んであげればよかった。
もっと散歩にいってあげればよかった。
もっとしつけをきちんとしてあげればよかった。
ただ私達夫婦は先代の犬を飼っていた時、関係性が悪い時もよくあり、犬に構う余裕が無かったことも多かった。
静かで問題を起こさない犬だからこそ、ほっといても大丈夫だと思ってしまっていた。
この犬は大丈夫。と思い込んでしまっていた。
そういう思い込みって本当怖いと思う。
油断する。
油断が大きな事故になって取り返しのつかないことになったりする。
自分の責任で、命を失うショックは、本当辛い。
悔やんでも、失った命は決して帰ってこないから。
そしてその悲しみの中で、犬の人生は人間より4倍も早く過ぎ去ること。
一日がすべてであり、過去も未来も関係ないのが犬の世界で、私も犬を飼ういじょう、未来こうしようではなく、今こうしよう!と思えるようになったこと。
たくさん学んだ気がする。
失ってから約3ヶ月後
新しい犬に出会った。
まだ飼わないでおこうと決めた矢先に。
そして私達はとても今幸せである。
新しい犬は先代の犬の反省も込めて、注意深く犬と関わろうとしている。
心を配っている。
たくさんの愛情を注ごうとしている。
そして新しい犬がいてくれることが、励みになっている。
失ってはじめて気づくこと。
新しい犬は寿命を全うさせると誓っている。