妊娠虫40歳。

妊娠虫(バグ)を発生させてからの記録。

未来の計画なんていらない、今日がんばろう!

未来を考えるのは時として大切だけど、それはざっくりでいい。

物事が計画通りいくことはまずない。
未来が予想できるような能力があるなら別だが、そんな力はない。
だからたてた計画はその通りにはならない。
だからこそ、計画に時間をかけるのはもったいない。

1カ月に1度大雑把に計画を30分くらいでたてて、さらに1ヶ月後ざっくり手直ししながらすすめたほうが、改善もすぐできる。
 
ホリエモンが書いていたが、「人は、本質的に怠け者だ。長期的で大きな目標を掲げると、迷いや気のゆるみが生じて、うまく没頭できなくなる。」

いかに長時間集中し続けるかで成果は決まる。
いくら時間を費やしても、集中してなかったら、ノラリクラリ、いっこうに成果は出ない。

学校の勉強も仕事も同じだろう。

勉強も仕事も、短時間でこなせる人、残業してもなかなか終わらない人。

今日という限られた時間の中でいかに成果を出すか?(成果の定義は自分の中でクリアーにしておこう!)

だから計画に時間をかけるより、
成果のリストの数字化(今日の最後に何が何点できたか?など具体的な数字)さえ、初めに頭に入っていれば、後はやるだけなのだ。

もじもじ考えるよりも、行動にうつしたほうが成果はどんどん手に入る!

たまに鏡をみてびっくりすることがある。

ムカムカイライラする時があります。
そういう時、ろくな顔をしてないだろうなとふと鏡にうつった自分の顔をみてびっくりします。

あら、かわいい。(自称)

これには原因があります。
知っての通り私は少しずつお顔の手直しをしてます。
ある時は大胆に入院するほど。

でもその割に周りの人から気づかれません。
二重を広めにした時も顎を出したときも誰からも指摘も何もされない。
たまに合う家族でさえ、気づかないのです!

これはこれで残念。

でも、私は美の方程式に合わせて、整った顔というのに、少しずつ変化させているので、それは整うはずです。

だからふとした嫌な顔がうつるはずの鏡も、嫌な顔にならない。

そこには自分ではっとする整った顔があるわけです。(自称)

何年か前の写真をみてみます。
違います、けれど、なんか、同じです。

わかりずらいんですけど、。

整って上品にはなった、けれど中から醸し出すものは変わらない。

なんだろ、プラスマイナス0みたいな???

そんな感じになるわけです。

ようは元から不細工ではなかった。
すごく美人ではないけど、程よく好感がもてる顔を整えていったところで、周りからはそこまで変化がみられないわけです。

でも時々もっとへんな顔をしてもいい時に鏡にうった時の顔は、整っていてびっくりするのです。

そのびっくりするせいで、イライラが吹っ飛ぶわけです。

そんな悪くないじゃん、と。

この間やってたドクターXの最終回の終わり方私は好きです。

出来るっているにはちゃんと理由がある、ちゃんとそれだけのリスクを受け止められるように、まじめに努力するということ。

ただし、天才は1%と99%の努力とは、99%の努力をしたとしても、1%のひらめきがなければだめだけど、そのためにはきちんと99%最低でも努力してねということだから、

やっぱり成功や、何かが得られるっていうのは、99%の努力がなくちゃ、得られる可能性もないということなのだ。

ぐだぐだ文句いってる暇があったら、その時間を努力に費やすべきだ。

あなたはモデルじゃない、ダイエットする必要がない。

一生懸命、普通の体型なのに無理してダイエットをする必要がないと言っておこう、モデルでもしてない限り。

モデルが痩せてるのは仕事だから。
太れば仕事を失う。
見た目で仕事をするっていうことはそういうことだ。

あなたはモデルですか?
それでお金を稼いでいますか?

何のために、痩せるんですか?人に認められるため?
女友達から痩せてていいですねと褒められるため?
彼から痩せてる君が好きっていわれるため?

もし人のためにやせるのならば、他人から認められるために痩せるならば辞めた方がいい。

あなたの願いはかんぺきに叶うことはないからだ。

他人から認められたい欲望は、自分ではどうにもならない、はっきりいって。

5キロも痩せたのに周りから褒められないって、誰があなたの体重をいちいち気にするものか?

ダイエットのために、食べたいものを我慢する、カロリーが高そうだから我慢する。
なんのため?

そういうシガラミや洗脳から抜け出したほうが幸せになれる。
そして、自分に対してそういう気持ちをもっていると、他人に対してもそういう目でしか見れなくなる。

彼女は痩せてるから素晴らしい。あの子は足が太いからだめ。あの子はまったく太っているのに気にしないだなんて、と人を体重で見下すようになる。

彼女と比べて自分の方が細いから、美しい、勝っていると勘違い野郎になる。

痩せてるから自分は特別、美しいと人と優劣を、つけてでしか生きられなくなる。

人と自分の価値観は違うと区別できなくなる。

そういう、卑屈な人間、視野の狭い人間になる可能性が高い。

ニコルンが食べずに痩せてるウエストをInstagramで披露すると、若い子たちは、ニコルンすごい!とか言い出す。そして自分のウエストのダブダブさに劣等感をもつ。

馬鹿げてる。

メディアの情報操作にまんまと洗脳されてる女性たち、若者。

その先には何もないことを知らない。

一生懸命痩せて、痩せてる女性が好きだとい旦那をわざわざみつけ、結婚後も、妊娠後も、好きなものを食べずに体重を平均値に下げるのみを考え続ける人生なんて、アホらしい。

体重が減ったあとに、それをキープし続ける人生の先に何が、あるのか考えた方がいい。

そして世の中、痩せてることがどれだけメリットがあるか?ないよ、モデルのような痩せてることでお金がもらえる職業につかない限り。

自分のためだけに痩せてることをキープしたいならいいけど、それを他人におしつけるのはよしておいたほうがいい。
またそこに価値観をおいて、楽しい友だちが増える要素はない。

ダイエットは意味がない(メタボじゃない限り)

若いとき、メディアに踊らされてダイエットに励む人は多い。

この年齢なって思うのが、他人に踊らされるなということ。

男性は痩せてる人が好きらしいとか、痩せてるほうが美しいとか、幻想だ。

ダイエットしない、普通にたべてる、ストレスで食べてないなら、その体重と体型が、あなた自身なのだ。

もし彼が、普通にしてるのに太ってるとかいろいろいってきたら、普通に幸せな自分が嫌なら、別れたほうがいいといった方がいい。

またそんな言葉を真に受けないことだ。

自分が幸せで食べてるのに文句をいう相手なんて、あなたにふさわしくない。

そして文句をいう相手と一緒にいてもあなたは幸せにはなれない。

相手は本来痩せ型の人を選ぶべきだ。
あなたを変えたいなんて相手は思うべきではないし、文句を言うべきではない。

年を取って老けてきたら、付き合ってた当初は若かった、だからタイプじゃないなんていう男性がいたなら、馬鹿だ。未来を予想できない単細胞の脳の持ち主なんだろう。

自然でいることを付け入られないなら、人の幸せを願えないなら、そういう人は相手にしないほうがいい。

ダイエットで成功したとしよう、どうせリバウンドする。
それを繰り返す人生なんて馬鹿らしい。

自分の体型を受け入れ、愛することだ。
周りの情報に踊らされるな。
もちろん病気になるほどメタボだったら話は別だが。

他人に踊らされる人生なんてアホらしい。
あなたはあなたですでに完璧なのだ。

完璧な自分を認めない限り、幸せになれないし、いつまでたっても痩せない自分を、モデルみたいに痩せてない自分を不幸に思うだけだ。

人生は、どれだけ好きな仕事を見つけるかで幸せは決まると思う。

今人手不足といい、定年も伸びて、ある企業では89歳でも働き続けている。
そういう世の中になった。

仕事をしなくてもいい生活なんて、何することもなく、幸せじゃない。
誰の役にも立たなければ、誰からも褒められない。

人間は、ちゃんとご飯を食べる欲求を満たし、人の役に立って他人から認められる欲求も満たせば、だいたい幸せなのだ。

専業主婦で、旦那が褒めてくれるかといえば、褒めてなんてくれない、あなたの料理や掃除、買い出しを当たり前のように思う、もしくは給料を稼いできてるんだから、それだけ家のことをやってくれなくちゃ困るくらいにしか思われない。
たまに家ではゆっくりしてれば、専業主婦はお気楽でいいな〜と思われるだけだ。

社会からも縁遠くなり、旦那の給料の上下に自分の人生を委ねるなんて、今の時代リスクが高すぎる。

高給をもらう必要なんてない。
自分に合っていて、やっていて集中できる、ストレスのかからない仕事を見つけて毎日仕事をすることは、健全な人生の第一歩だ。

理想が高いのはいいけれど、まずははじめの第一歩を叶えたほうがいい。

残業なく定時に帰れて、自分だけの時間をとれること。
仕事以外にも趣味をもったり、仕事以外にも幸せを望むそれで充分幸せだと思う。


お金に目がくらんで、好きでもない無理してやる仕事は、自分を無駄に消費し、上司や会社の陰口を叩くようになる。
そんな姿は美しくない。

子供がいても、子供はいずれ自分の道を歩いていく。その時に自分の道がないと、充実感をまた見つけるのに年とともに苦労することになる。

人手不足といえども40過ぎれば、年寄りとみなされ、若手の方が印象がよくなるのだ。
だらだら何もしないでいると、いざ自分の好きな仕事につこうとした時に社会からお断りが入る。

だからなるべく早く、自分が好きで、やっていて時間がすぐ立ってしまうほど集中できる仕事を見つけることは、今の時代の女性にとって手っ取り早い幸せへの道だ。

専業主婦の友だちがいっていた。あー幼稚園が冬休みになって自分の時間がなくなっちゃうって。

もしこれが働いてるママだったら、仕事というもう一つの気分転換があるから、子供や旦那の時間に振り回される意識が減ると思う。
だって仕事に気を回すこともしなくちゃいけないから、全面的に子どもや旦那を引き受けなくていい。
狭い世界で、長時間束縛されるのが好きな人はいいけれど、反対の性格なら、間違いなく専業主婦にならないほうがいい。

安易に、逃げて、専業主婦になると痛い目に合う。

好きで、楽で、便利なものを選びなさいという教えは長続きする鉄則だ。

好きなものは、脳が開く。
楽なものは、楽と感じるほど自分似合ってるということだ。
そして便利というのは、寿命や体力の衰えもあるんだから、無駄に浪費をしないためにも、考えうる便利な行動をするべきだと思う。
例えば通勤時間。近ければ近いほど疲れないでしょ?

40過ぎてこの教えを少しずつだけど実行できてる気がする。

そういうことだ。年を重ねるいいところは。

40歳で理想と現実を知った時

40歳になった時、自分が知らない間に、女性としての価値は低下してますw
そして経験を重ねた女性として、30代の時にしていた行動に興味がなくなります。
そういう意味でもある意味キャピキャピした女性ではいられなくなるということです。
そういうことをしたいという欲求がないから仕方ないこと。
そして40代になると、仕事も転職できなくなってきます。
39の時は大丈夫でも40という言葉がまだ日本では転職するなんてなんかあるんじゃないかと見られるわけです。

今いる職場に56歳の求人がきました。職場内で、56〜?ありえない〜みたいな声がありました。

ただもし私が経営者だったら、給料がやすくても技能に見合ったことをしてくれて、なおかつ経験が+αになるなら考えないこともないです。
3ヶ月の使用期間でやってみるとか。

私の中で若さはバカさだとおもってます、いい意味でも悪い意味でも。
恐れを知らず、無知なことを武器に理想高く、行動できるのは若さがあるからです。
独り身が多ければ、その人に付属してる家族についても考えなくていいことです。

話はそれましたが、年齢重ねても、魅力的であることはできます。志高くもいられる。また生きてきた経験はやはり生きてこないと分からない。

そういう意味で、どう40代を過ごすかはまた新しいチャレンジでもあるわけです。

子供もまだ可能性がある現状、突然の方向転換もしなくてはいけなくなります。

家庭と仕事、臨機応変に対応し、なおかつ自分なりの生き方をすることを忘れずにいること。

休日の過ごし方も大切だわ。

人は人、自分は自分で認めよう。

ショックなこと!

私のかわいい台湾人の知り合いが11月からロスに引っ越した!!
子供はまだ1歳にもなってない。
彼女は30歳。
芸能人並にかわいく、金持ち。
日本に留学中も今の旦那さんと早く台湾に帰って結婚したいといっていた。
そして結婚前は世界各地を旅行。
すぐ子供もでき、幸せいっぱいの毎日。
家族が近くにいて、仲良し。
妊娠中もおしゃれ。

私からみたら、本当に恵まれている、天真爛漫な女の子。

そんな彼女が、理由は不明だが、広いロスのお部屋に引っ越して5年くらい住むらしい。

えー旦那仕事はどうした?どうやって若いのにどっからお金が湧いてくるんだろー。
彼女はたぶん仕事をしてない。
親が金持ちだと、その子供の人生は結婚してからもこれだけ違うものなのか?

は〜。自分でお金を稼ぐなんてことは人生で必要がなく、好きなようにいきる人を見ると、自分の人生とは随分ちがうものだと思う。

だからって仕事が嫌いなわけじゃない、たのしい。
だけど仕事しなくても楽しく生きてる人もいるんだなーと改めて違う生き方をしている人をみるとショックをうける。

ははは〜。